| 平成15年9月21日 |
| 千代田区立麹町小学校・元PTA会長 |
| 「千代田区こども110番連絡会」 |
| 前会長 鈴木 齊 |
保護者の声をかたちに
平成12年4月麹町小学校は旧校舎の建て替え新築の為、旧永田町小学校の校舎を仮校舎として使用する為に移転しました。 移転するにあたっては、児童の登下校時の安全確保のために、通学路の変更、PTA安全部の体制強化、幼稚園児と低学年児童のための通学バスの運営と種々の対策をPTA、区教育委員会、地域の皆様のご協力で実施いたしました。
旧永田町小学校は日本の国政の中心的施設に囲まれており、平常時でも警備の厳しい地域であるのと同時に、何かことがあれば不貞の輩が標的にし易い地域でもあります。
最初の夏休みを迎える直前になって、付近で暴力団による発砲事件が発生し、夏休みの水泳教室等に児童を通わせる保護者から、児童の安全対策として、保護者による自衛団を発足させようとの切実な提案がPTA定例運営委員会に為されました。 このことを契機として、PTA活動としての「こども110番」運動の導入が緊急課題として決定され、平成12年9月16日のPTA運営委員会で導入の手順と組織化が決まるに至りました。 当時すでに都心部の新宿区、渋谷区、文京区などは「こども110番」運動がスタートしており、各区の状況を調査したり、直接先輩PTAの経験談等を伺ったところ、そのほとんどが、行政主導で運営されており、PTA保護者のかかわり方が不透明で、どちらかと言うと「こども110番運動」が他人任せの状態におかれていることが判り、これでは永続性に欠けてしまい、地域全体で子供の安全を守ろうとの趣旨が生かせないのではとの結論になり、あくまでもPTAが主体的に運営し、行政には足りない部分の協力を要請する形でスタートしようと衆議一決しました。
平成12年12月2日には臨時地域懇談会を開催、教職員、地域の代表者、関連諸官庁の協力が得られることになり、目標を「こども110番の家」160軒以上、通学路総延長3.2kmに20mに1軒の「こども110番の家」の設置と定め、ポスター50枚、ステッカー300枚、依頼文書300枚、マニュアル300枚を約¥20万円のPTAの臨時費用を投じて自主作成、保護者ボランティアー200名の協力を得て活動を開始しました。
区内全校への働きかけと連絡会の発足
平成13年2月15日、麹町小学校での「こども110番」の立ち上げ見通しが着いた時点で、区内富士見小学校、九段小学校、番町小学校のPTAに呼びかけ第1回の説明会を開催、これが「(仮称)千代田区こども110番連絡会」の実質的な予備活動になりました。当時昌平小学校、和泉小学校の一部の学区域では万世橋警察署の呼びかけで「交通安全母の会」を中心に「こども110番」活動が開始されておりましたが、PTAが主体的でなかったために、活動の詳細がPTA保護者の間でも、正確には掌握されていない状況であることがわかりました。
平成13年5月14日、第3回説明会を開催、この時点で昌平、和泉、お茶の水、千代田の4校も参加して、「千代田区こども110番連絡会」の発足について決議し、「こども110番」運動を千代田区全区に、8校PTAが主体者として活動を展開することが正式に決定されました。
平成13年6月19日、第4回説明会(第1回千代田区こども110番連絡会)を開催、第3回の説明会での決定を受けて、千代田区教育委員会、各校学校長への報告がなされ、「千代田区こども110番連絡会」の発足準備に入った矢先、6月8日大阪教育大学付属小学校での児童殺傷事件が発生、区教育委員会は6月11日付け通達文書を以って各小学校学校長を通じて、「学校安全管理体制について」の対策を発表、6月14日付け読売新聞紙上に千代田区方針として区全域に「児童の駆け込み寺」(こども110番の家)の設置を8小学校PTAが推進すると発表、「千代田区こども110番連絡会」の発足が区政の全区対策として脚光を浴びることになり、6月19日の第1回「千代田区こども110番連絡会」には石川区長・大山助役・若林教育長も出席されて、区全域への「こども110番」運動の展開を行政も積極的の支援する旨の申し出でが為され、それまで、PTAの自主制作であったポスター・ステッカー・マニュアル、「こども110番の家」マップ等の費用援助、行政窓口として、「子育て支援室」の設置等が即時決定されました。
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